インターネットと多様性について思うところ
前回記事からの続きです。
前回は、"思い入れとか情熱を傾けることと、商業として需要を満たす行為というのは全く別視点で考えなければならないんだなぁ"と当たり前のことを感じてしみじみしました。
今回はまた別で、純粋にインターネットによって広がった多様性について驚嘆したというお話をさせて頂きたい所存。
まずはこちら、rootport氏のブログをどうぞ。
いやーたいへん面白い記事であります。
随分前から僕は"ある集団ではメジャーなコンテンツを、別の集団では誰も知らない、という状況が増えていく"と考えていたんですね。
その集団は一般的に今クラスタと呼ばれてますよね。
この記事はそれをわかりやすく言い換えてくれているなと思ったんです。
で、これがなぜ前回の記事と繋がるかというと、その状況を僕自身が体現したからです。
ゲーム実況ってなんぞ、と。全く関係の無いクラスタのメジャーなコンテンツを知らない別クラスタの人間ですよ。僕が。
これって凄いことだと思うんですよ、マジで。
ちょっと前までは"有名になりたい"とか、"面白いことやって人気になりたい"って考えた人は、まず芸能人になろうとか、テレビに出ようって考えるわけじゃないですか。
それぐらいしか思いつくことなかったと思うんですよ。
実際、音楽で食っていくって話をすると、未だにメジャーデビューしないと、って思ってる人もいますし、テレビに出なきゃ、とかまずは有名にならないと、って言う人は結構います。
間違ってはいないけど、他にも選択肢はあります。
その話はまた別のどこかで出来たらしたいです。
話は戻って、"有名になりたい"が念頭にあったとしますよね。
そうしたら今じゃ自分の好きなコンテンツやプラットフォームによっては、選択肢が"ゲーム実況者になろう"だったり、"ニコ生主になろう"だったり、"ユーチューバーになろう"だったりするわけでしょう?
こんなに多様な選択肢があるってほんと良いことだなって思うんですよ。
ちなみに、ここでの多様性と言うのは、rootport氏の言葉を借りれば供給者のそれのことですね。
消費者のそれにも一応触れておきますと、やはり僕はそちらも多様化が進んでいると考えます。
rootport氏が引用している川上氏の記事の一部をそのまま引用させて頂きます。
(小説家になろうに)投稿されている小説の中には本来多様性があるはずなんだけど、ランキング上位に来るものは全部似たようなものになる。ニコ動だって、いろいろな作品が投稿されていますが、何かが流行るとそれ一色になりがちです。参加数が多いってことは、逆に実質的な多様性を減らす効果があるんです。
自分に当てはめて考えるとわかりやすいんですが、僕漫画が大好きなんですね。
で、例えば漫画市場を小説家になろう、ランキング上位を人気漫画作品に例えてみましょう。
すると、多くの人はワンピースやドラゴンボールしか読んでない、インターネットが普及しても消費者は逆に画一化されてしまうんだ、と仰ってると解釈出来るかな、と。
これって、インターネット普及前から変わってませんよね?
流行や人気のコンテンツだけを押さえる人というのは昔から多いですし、そういった人々の存在は昔から変わっていないと僕は思うんですね。
そういう皆さんをライトユーザーと呼ぶとしたら、むしろ変化があったのは、ヘビーユーザーですよね。
情報の検索や共有が簡単になり、個々人が発信力を持ち始めたことでマニアックなコンテンツでも探せば見つかりやすくなりました。
おかげさまで僕は面白くて読んだことのない漫画を沢山読むことが出来ています。
漫画以外でもそういう人って増えてるのではないかと。
先行者のメリットについても川上氏の記事では触れていますが、僕は本当に面白くて質が高いコンテンツならちゃんと今でも評価されて広まると思いますね。
つまり、消費の(ある程度の)画一化は元から起きている現象であって、個性的で質の高いコンテンツを探しやすくなった現代においては消費者の多様性もやっぱり高まっているのではないかと僕は思います。
選択肢が増えすぎていてメジャーな物しか選ばない人が増えている→画一化は進んでいるって考え方も出来るかもしれませんが。
音楽家としては、多様化し分散している音楽ファンのどの層に玉を投げるか、かつそれは適切かどうか。
そこがこれからの自分がうまくやっていけるかどうかの鍵だなと思います。
あともう一つは、より増えていくコンテンツの中でいかに個性を出し、少数精鋭チームで動けるか。
実際クリエイターが増えているのは確実なので、差をつけることが大事なのだと思っています。
rootport氏の記事では"今の日本ではイノベーターの消失とマジョリティの多様化が同時に起こっている"と結論づけています。
ここだけ少し思うところがあって、僕はイノベーターは消失したのではなく、減少・分散し始めたのではないかなと思うのです。
好きな物に関しては他人に左右されず自らの基準で選ぶ、新しい物にも積極的に投資する、と言う人は何に関してもある程度存在する筈です。そういう人々をイノベーターと呼ぶとすれば、やはり消失とは言えないのかなと。
流れとしては
インターネット・SNSの発展
↓
マスの力を借りずとも個人が注目を集められる様になった
↓
供給者の分散開始
↓
多くがその個々人の情報を見に行く様になって消費も分散
↓
結果イノベーターが分散、マジョリティが多様化
かなりざっくりですが、こんな感じでイノベーターの分散とマジョリティの多様化が起こったのかなと。
いやー今日もとっ散らかった。
長々書いといてアレですが、結局この記事で言いたかったのは、"嗚呼、良い時代だなぁ"ということです。
さて、今日はやることもやったし、そろそろ飲みにでも行きますか。
毎日少しずつでもやるべきことをやる、というのはとても大事ですね。
前進していると実感出来る分、鬱にならない(笑)
ではまたそのうちお会いしましょう。